運命の神様は素直に祝福することさえ赦してはくれなかった。
Eternal trinity 02



「おはようございます、お姉様」
「おはよう、ナナリー」
 朝の柔らかな日差しの中、2人の涼やかな声が響く。このところゼロとして暗躍しているルルーシュにとって、朝のこの時間は大切なナナリーと過ごす重要なひと時だ。
「おはようございます、ルルーシュ様、ナナリー様」
 ダイニングに朝食を乗せたカートを押しながら咲世子が入ってくる。ルルーシュは配膳しようとする咲世子を手伝うため、椅子から腰を上げ、焼きたてのパンが入ったバスケットを受け取った。
 ふわり、と漂うパンの香り。普段ならば食欲をそそる香りなのに、今日は違った。
「……っ!」
 強い吐き気と酷いめまいに襲われたルルーシュは倒れないようにテーブルに手をつき、支える手を失ったバスケットはテーブルの上で中に入っていたパンをぶちまけた。突然の音にナナリーは戸惑った表情を浮かべる。
「お姉様、どうしたんですか?」
「…いや、大丈夫。吐き気がしただけだから。」
 ルルーシュは襲い来る眩暈を押し込めて、ナナリーの前で膝を突き、安心させるためその小さな掌を握り締めた。ナナリーは握られていないほうの手でそっとルルーシュの額に触れる。
「お熱は…ないようですけど、心配です」
「じゃあ今日は家でおとなしくしていることにするよ」
「そうしてください。それなら私も安心です」
「ごめん、ナナリー、心配掛けて」
「いいえ、お姉様。そのかわり早く元気になってくださいね」




 学園へ向かうナナリーを見送り、ルルーシュは自室に戻った。身体が酷くだるくて、ルルーシュは制服の上着だけ脱ぎ捨ててそのままベッドに倒れこむ。ルルーシュの意識はすぐに眠りに飲み込まれた。

 ルルーシュが目を覚ましたときには時刻はすでに夕刻を示していた。窓から差し込む夕陽が眩しくてルルーシュは目を細めた。吐き気は治まっていて、ルルーシュはほっと胸を撫で下ろした。
「どうするつもりだ、ルルーシュ」
 声のする方に視線を動かせばそこには夕闇に紛れた契約者――C.C.の姿があった。
「どうするつもりとは何だ?」
「まさか気が付いていないのか。おまえというやつは本当に鈍いな」
 C.C.の言葉にルルーシュは眉間に皺を寄せた。その様子にC.C.はやれやれと言わんばかりに溜息を落とし、ルルーシュに近付いた。C.C.の細い指先がルルーシュの下腹部を指差す。

「腹の子をどうするつもりかと私は聞いたんだよ」

 ――腹の子。言われた言葉がすんなりとは理解できずにルルーシュはC.C.を凝視した。もしかしたらタチの悪い冗談ではないかという淡い期待を裏切るように、C.C. の瞳に嘘はなかった。ルルーシュは緩慢な動作で指差されたままの自分の下腹部に視線を動かした。

「産むのか、堕ろすのか」
「…子供……私と、…   、の…」

 確かに思い返してみれば、元々不順だったのでたいして気にもしていなかったが、ここのところ生理はなかった。それに吐き気も妊娠初期に特有の症状である。
「そうだ。私の言葉が嘘だと思うなら妊娠検査薬でも使って確かめるといい」
 そう言ってC.C.はルルーシュからすっと離れた。ルルーシュは先程までC.C.が指差していた場所をそっと掌で覆う。いつもと変わらず薄いなだらかな下腹部、けれどここに息衝いているという、新しい命が。
「どうするかはおまえが決めろ。どちら選択しようとおまえの自由だ。」
 C.C.はルルーシュの頬を慈愛に満ちた表情でそっと撫でる。
「何を選んでも、私はおまえの傍にいてやるよ、ルルーシュ」
 そう言ってC.C.はルルーシュの部屋を後にした。
 自室に1人きりとなったルルーシュはベッドの上で掌は下腹部に当てたまま、胎児のように身体を丸める。
「…こども、」
 スザクと身体の関係にある上でいつでもこうなる可能性はあったのだ。ただお互いに“子供”という言葉がしっくりとこなくて、ルルーシュは今まで考えもしなかった。
 死を享受するスザクと、贋物の生を生きるルルーシュ。そんな2人が新しい命を紡いでいくだなんて、想像出来なかったのだ。しかし、現実にルルーシュの腹には2人の子供が宿っている。
「どうすればいい…」
 ゼロとして暗躍するルルーシュに出産は酷なものであるし、それに何よりスザクがこのことをどう思うか。
 驚くだろうか、喜んでくれるだろうか、それとも―――…。





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2007/10/09
2008/11/12(改訂)